『目の眩んだ者たちの国家』に収録されていた「かろうじて、人間」を読んで以来、他の作品も絶対読もうと思っていたファン・ジョンウン。
まずは『韓国文学ガイドブック』でもオススメされていた『ディディの傘』を読了。
2019年〈小説家50人が選ぶ“今年の小説”〉第1位に選出された、5・18文学賞、第34回萬海文学賞受賞作。
彼女の小説が語られるとき、「取るに足りない人間」という言葉が出てきます。例えば、事故であっけなく死んでしまう、一人の人間の「取るに足りなさ」とか。
確かに宇宙規模や地球規模で見れば、地上のどんな生き物も取るに足りない存在だと言える。地球の表面がわずかに振動して、ほんの少し大きくなった波が海岸近くのものを洗い流すとき、その場にいる生き物は無力です。
でも、人間が人間を「取るに足りない」とみなすのは、違う。人間社会において「取るに足りない」とみなされることは、当人を無力にしてしまいがちだけど、それに対しては社会として徹底的に抗わなくてはいけない、ということを思わせてくれる「まっとうさ」が彼女の作品にはあるんですよね。
自然界における生き物としての取るに足りなさを前提に、人生を全うしようとしたとき、それを理不尽に手折ろうとする暴力があるなら、戦わなくてはならない。
さらに
人間社会には、過去に権力を持ってきた人たちが自分たちに優位な社会を維持するべく作り上げてきた価値観というものがあって、権力を持つ人たちの属性から外れる人たちが自分の望みを一旦自覚すると、幾重にも立ちはだかる困難が次々と可視化されて、しんどい道を歩むことになるという…
『ディディの傘』に収録された「d」からは、取るに足りなさに抗うことを。
「何も言う必要がない」からは、マジョリティの属性やその価値観に従う者からは見えない、でも確かに存在している困難さを一度見てしまった人が、「それを見なかったことにしない」選択をして生きていくことを。
登場人物たちとともに感じながら読み進めて、
最後、訳者解説にあった「ファン・ジョンウンのまっとうさの結晶のような言葉」という解説に泣きました。本当にそうだと思うから。
『続けてみます』も読まねばー。
そういえば、ナ・ホンジン監督『哭声/コクソン』も見ました。
同監督の作品は以前『チェイサー』を見ていて、その後味の悪さに「やるね!」と思った記憶があるのですが、今作もまた…。
疑念って、一度生じたらどんどんどんどん大きくなって、そうすると物事も自分の思うようにしか見えなくなってしまうし、結局のところ何が本当なのかわからなくなる恐ろしさがあるのだけど、
人々の間に疑念が生じやすい社会状況の場合、(例えば戦時中とか、戦後の混乱期とか、差別意識が強烈にあるような場合)、この映画で描かれたような悲劇が実際に起こってきたことを考えると…人間の脳みそってやばいな。
あとちょっと思ったのは、劇中、「絶対あいつが犯人だ」と思っている刑事が神父さんのところへ行ったとき、神父は何一つ明確な答えを刑事に与えないんですね。
ところが、祈祷師は明確な答えを与えてくれた。祈祷師にとってその疑念は、自分の儲けに直結しているから。
これって結構、人間社会の至る所で起きている事象で、特に今なんかはSNS効果で影響も大きくなっていることだと思うのですが、
突き詰めると世の中の事象というものに「明確にズバッと一つの解答を出せるような案件」というものはなく、だけど答えをほしい(特に不安や疑いを持っているとき)のが人間の性で、そこに気持ちよく「これはこうだからです!」と答えを与えてくれる人というのは、そうすることで自分に何かしらの利益がある(自尊心を満たすレベルでも)からなんじゃないかなと。
賢明な人は「明確にズバッと一つの解答を出せるような案件というものはない」ことに自覚的だから、答えを求めてきた人が満足するような応え方はできないんじゃないかなー。今作の神父みたいに。
WEB上には一見明確な答えがあふれていて、自分の信じたいように物事を信じたいときの理由として非常にそれが有効に働くのだけど、
まずは物事の不確定さを受け入れて、自分の不安や疑念そのものを直視することが大切なのかもしれません。
徒然としそうな気配がしてきたので、唐突にこの辺で。同監督の『哀しき獣』も見なければー。
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