10月8日(土)、9日(日)の二日間、札幌市教育文化会館で上演されるフィギュアアート・シアター「KENJIサッポロ2011 グスコーブドリの伝記」。昨年、夜の円山動物園にて公演を行ったFAT!S(※1)による、ワークショップ最終公演です。本ワークショップの講師と公演の演出を手がけるのは、チェコを拠点に世界的に活躍する小樽出身の人形劇作家、沢則行さん。最終年に演目や手法をがらりと変えるという挑戦の背景には、表現者としてのどんな想いが隠れているのでしょうか?7月の来札時に、お話をお伺いしました。


—2009年から始まったFAT!Sも、いよいよ10月に最終発表公演です。初年度から取り組んでいる宮沢賢治の『注文の多い料理店』から、今年は『グスコーブドリの伝記』に変わりましたが、その理由とは?

震災のあった3月11日午後2時46分、僕は札幌にいました。翌日には仕事のためにプラハに戻って、その後も、いつものようにいろいろな国で公演をして回ったんだけど、その中で、日本についてたくさんのことを訊ねられた。チャリティ公演にも参加したんだけど、いつも「芝居を創り演じる、自分にできることは何だ?」という迷いがあったんだよね。だから、正直に言うと、今回は何か伝えたいことがあって、『グスコーブドリの伝記』にしたわけではなくて。自分が今何を考えて、社会とどうつながりたいのか、この作品を創らないとわからないと思ったからなんだ。

—自分が答えを得るためにこの作品を創る、ということですか?

そう。プロになってから、そういう風に作品を創るのは今回が初めてなんだけど……僕は表現者だから、ものを創って表現するというプロセスを経ないと答えが出せない。多分、表現を生業としている日本人は、全員一度は自分のために何かをやらないと、これから先がわからない感じになるんじゃないのかな。そうしないと前に進めないというか。
『グスコーブドリの伝記』は冷害や飢饉、火山噴火などの厳しい自然環境の中で、貧しくも賢明に学び成長していく一人の少年を通して、明日の農業を守る方法や、どんな発電所が可能なのかを描いている童話で。たくさんの瓦礫が出てくるような話を、僕自身が被災地に起こっていることを消化しきれていない状態で創ろうとしているから、本当はやっちゃいけないのかもしれない。自分の答えが出るのにも、きっと何年もかかると思う。そういう中で、教育文化会館が今回の上演作品変更を許してくれたことには、本当に感謝しています。

—迷いつつも、今まで通り華やかな人形の出てくる『注文の多い料理店』を上演する、という選択肢もあったと思います。

二つ考え方があるよね。いろいろ苦しいことや悲しいことはあるけれど、お客さんに見せる作品に関しては、楽しくきれいなものにパッケージするというもの。あるいは、作家というものは自分の苦しみや他人の痛みを含めて表現できる権利を持っている、それがプロの表現者だ、というもの。実は去年から、FAT!Sのメンバーが何人も辞めているの。病気とか震災後の経済的な問題とか、いろいろな理由で。3、4人辞めたのかな。他にも、今ちょっと出られなくなっているメンバーが2人くらいいて。僕自身、そのことでずいぶん悩んだ。今回震災があって、FAT!Sの問題もあって、それでもキレイなものを、という風には思えなかったのかもしれない。「ちょっと待てよ、一度自分を振り返らせてくれよ」って。

—とは言え、3年計画のワークショップの最終年に、がらりと演目や手法を変えることのハードルは高いのでは?

それは全くその通りで、とんでもないことをしちゃったなあと(笑)。今回『オブジェクト・シアター(※2)』という手法を使うんだけど、釜や傘などのガラクタを人形に見立てるんだよね。

それなりに美しい人形が舞台に立って動いているなら、観ている人も何となくシグナルを受け取って想像力を働かせてくれるけど、今回はそれがオブジェクト(もの)だからさ。生きているように見えないと、人がただガラクタを持って動いているようにしか見えないんだよ。グスコーブドリというストーリーが秘めている、いろいろな意味を表現するためにも、かなり高度な人形操作能力が必要だしね。ハードルはかなり高いよ(笑)。

—オブジェクト・シアターが札幌で上演されるのは初ですよね。

そうだね。札幌ではあまり観ることのできなかった表現だと思う。日本には今まで何度か紹介されているけど、根付かなかったみたい。日本人の体質に合わないのかな。オブジェクト・シアターの発想って、日本で言えば「見立て」と呼ばれるもので、江戸時代まではしっかりあったんだよ。でも、明治時代以降、廃れていくんだよね。

—先日2回立て続けに稽古を見学しましたけど、わずかな期間しか経っていないのに、前回からぐっと良くなっていて驚きました。動きや細かな部分での工夫の余地が大きいところも、オブジェクト・シアターを創る面白さの一つなのかなあと。

理屈の上では、人間の役者ができることの方が、人形やものより多いのだけど、例えばものが命を持って動き出すとか、逆に完全に死ぬとか、今回だったらはしごを逆さに上っていくとか、人形やものの方が向いていることもあって。なので、その「もの」が持っている機能を面白く使うためにはどうしたらいいのか、ということを考え続ける作業がまずあるかな。
プラス、人間の役者を解放させることも必要になってくるんだけど。FAT!Sに渡辺豪君というメンバーがいて、彼と一緒にグスコーブドリの脚本を書いているんだけど、彼は普段、人間の芝居の演出をしているのね。今回彼にも演出に入ってもらってるんだけど、そのおかげで、ずいぶん役者の芝居が変わったよ。

—オブジェクト・シアターは札幌では前例がなく、表現手法としてハードルも高いのでしょうけど、沢さんなら必ず素晴らしいものに仕上がるのだろうなと思います。多くの人に観てほしいですね。

贅沢な願望なんだけど、芝居というものは、お客さんがいて成立するものだからね。満席のときの作品と、半分くらいしか埋まっていないときの作品は、同じ演目でも違う作品になってしまうことがよくあって。お客さんの熱気を役者が感じて、芝居が変わるんだ。言い回しや、単にエネルギーが変わるというのではなく、芝居そのものが変わる。そういう意味では、やっぱりより良いものを見てもらいたいから、たくさん入ってくれないとお客さんにも申し訳ないかな。今回2,500円なんだよ。

—来やすい値段ですね。

みんなそう言うでしょう?逆にそれを聞きたかったんだけどさ。僕は2,500円も3,000円も3,500円も、個人的に同じなの。行きたけりゃ、値段が何円だろうと行く。でも若い人に聞くと、2,500円なら行くけど、3,000円だと行きたいけど行けない芝居もあるって。その500円の壁があるって言うんだけど、それは普通の勤め人の感覚なの?

—特に今回のオブジェクト・シアターのように、前例のないものや観たことのないものに投資する人は、わりと少ないというのがこの街の現状のような気もします。

今回250人の客席を舞台の上に作るんだけど、それが4ステージで合計1,000人。で、800枚チケットが売れないと予算が成立しない計算らしいんだ。800人って、僕が東京渋谷の青山円形劇場とかでやったとしても、ギリギリ入れられる人数。1,000人というのは、僕にとって壁として認識されているのね。一人芝居でも、200人くらいなんだよ、問題なく集められるのは。201人からは、テレビに出るとか雑誌に出るとか、何か別の努力をしないと、特にこういうジャンルは無理。

—同じことをしていても、日本とヨーロッパで違いは感じますか?

具体的な違いを挙げるとしたら……ヨーロッパで公演をすると、観客は20代が圧倒的に多い。日本だとまだ観客層が定まっていないところがあるかな。昨年の円山動物園での公演や、札幌室内歌劇場とFAT!Sがコラボレーションしたオペラ『イオランタ』のときは、チケットがあっという間に完売になったんだけど、観客の年齢層はわりと高めだったのね。日本の若者って、前もってスケジュールを立てづらいのかなあ。でも例えば音楽の分野ではどうなのかわからないから、何とも言えないんだけど……

—最後に今後のことについて、お願いします。

今札幌で能舞台を使わせていただいて人形が登場する芝居とか、バレエと人形が共演する作品なんかを計画中。これは実現したら面白くなると思う。あとは、先日、東北から疎開してきている子どもたちに、自分たちの芝居を見せることができて。

その他にも例えば向こうに直接行って上演するとか、被災地に関わることを何かやりたいと思っているよ。
※1 FAT!S:フィギュアアート・シアター!札幌。札幌市教育文化会館プロデュースによる3年間にわたる人形劇のプロ養成プロジェクト。アートディレクター、講師にチェコ在住の沢則行を迎え、中欧で生まれた人形劇の新しいスタイルを導入したワークショップを2009年からスタートさせた。沢とメンバーは、人形劇の一般的概念にとらわれないオリジナリティーにあふれた作品を創造し、大きな反響を得ている。2010年には夜の円山動物園を舞台に観客を幻想的世界へと誘う宮沢賢治作「注文の多い料理店」、同年11月には、札幌室内歌劇場とのコラボレーション、オペラ「イオランタ」に出演、両公演とも、満員御礼となった。http://vas.co.jp/fats/
※2 オブジェクト・シアター:フィギュア・シアターの中の一手法。パペット(人形)ではなく、人の形をしていない「物=オブジェクト」を、命ある「者」に見立てて演じる芝居。そのほかに仮面、また俳優自身もたびたび役柄として登場し、総合的に作品を創り上げる。

 


【PROFILE】
沢 則行
小樽市出身。北海道教育大学特別教科(美術・工芸)教員養成課程卒。1991年に渡仏。92年に文化庁在外研修生で、チェコへ。プラハを拠点に、世界各国で公演。また、チェコ国立芸術アカデミー演劇・人形劇学部、米国スタンフォード大学演劇学科、シカゴ大学、ロンドン人形劇学校など、多くの教育の現場で講座、ワークショップを指導した経験を持つ。2009年、セルビア・スボティツァ国際児童演劇祭で、演技賞、音楽賞をダブル受賞、2011年には、一人芝居「NINJAとその他の小品集」にポーランド・カトヴィツェ市よりEU文化都市賞が贈られるなど、国際的受賞多数。http://norisawa.net/

 


【公演情報】
フィギュアアート・シアター
「KENJIサッポロ2011 グスコーブドリの伝記」
<あらすじ>
イーハトーブの森に、木こりの子どもとして生まれたグスコーブドリ。干ばつと貧困により親や妹を失いますが、たくさんの人々に支えられ、幾多の苦難を乗り越えながら大人になっていきます。やがて火山局の技師になったブドリは、日夜、人々のために働きます。そして、また、大干ばつの気配。ブドリは命の危険をかえりみず、決死の行動を取るのでした。人間の心象をありのままにスケッチし、読む者に大きな感動を与える宮沢賢治文学の集大成『グスコーブドリの伝記』が、FAT!Sの手によって大胆に脚色されて登場。今だから向き合いたい、時代を超えた賢治からのメッセージです。

○公演日時:2011年10月8日(土)、9日(日)
開演:両日ともに①14:00 ②18:00  ※開場は開演の30分前
○会場:札幌市教育文化会館 大ホール
○入場料:全席指定2,500円 <チケットは、8月5日(金)から発売中>
○演出:沢 則行
○作品創造・出演:FAT!S(フィギュアアート・シアター!札幌)


インタビュー・文/ドゥヴィーニュ仁央
フォトグラファー/山本顕史(ハレバレシャシン)

 

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