ヘレン・ジェファーソン・レンスキー『オリンピックという名の虚構 政治・教育・ジェンダーの視点から』を読んでいました。

東京2020を経て、さらに2030年冬季オリンピック・パラリンピック招致を目指す札幌に暮らす一市民として、「ウハー」と思う部分が多々。本書を読んだ上で、先日公表された札幌の開催概要計画を読んでみて思うことも後半書きますが、

まずは。

筆者が20年前に生み出した「オリンピック産業」という概念において、スポーツはオリンピック産業の氷山の一角に過ぎず、

裏にはスポンサー、企業、メディアの権利保有者、開発業者、不動産所有者、ホテルやリゾートの所有者などがおり、そのすべてがオリンピック開催によって経済的利益を得る態勢を整えている、と。

そして20年以上にわたる調査によって明らかになった、オリンピック産業が招致中あるいは開催が決まった市の住民に対して行う無数の約束と正当化のうち、繰り返し現れている四つの重要な点として

  1. オリンピックのスケジュールに合わせるために、社会的および環境的影響についての調査やコミュニティとの協議を急速に行うか、無視する必要がある。
  2. グローバルメディアを通じて流通するイメージを完璧にするために、貧しい人々やホームレスの人々が不可視化される。
  3. インフラや住宅、スポーツ施設等のレガシーに政治家は資金を注入できる。
  4. 愛国心や市民の誇り、「金銭に代え難い」機会といった無形の利益

があるのだけど、

これまでの開催都市におけるオリンピック後の進展を見てみると、物質的であれイメージであれ、約束されたレガシーが実現せず繰り返し失敗に終わっているという現実がある、と言います。

東京2020でも、例えば国際建設林業労働組合連盟の調査員による「東京2020夏季大会のダークサイド」という報告書や(それについての日本語ニュースは例えばこれとか)、路上生活者の排除、立ち退き問題はあったし。

David Whitson and John Horneによる「Underestimated Costs and Overestimated Benefits? Comparing the Outcomes of Sports Mega-Events in Canada and Japan」という論文では、1976年モントリオール、1988年カルガリー、1998年長野の影響を検証し、「過小評価されたコストと過大評価された利益」と評価が下されており、

観光やビジネスのための「場所のプロモーション」などの長期的な成果は、必ずしもスポーツ・メガイベントに起因するものではないと結論づけられているそうです。

確かにオリンピック期間中は観光客が増える恩恵はあるだろうけど(感染症を経験している現在においてはめちゃ不確定な恩恵)、「オリンピックを開催した都市だから」という理由で後年もずっと観光客を引きつけることはないと思うし、東京なんてオリンピック開催の有無に関わらず観光客は来そうだし。

あとやっぱり本書を読んで衝撃を受けたのは、トランスジェンダーと高アンドロゲン症に代表される「どんな姿なら女性なのか?」ということに対する、スポーツとオリンピックの見解のグロテスクさ。辛い…超人権侵害で、どの口がオリンピズムを言うのか…。

それでもなお

このスポーツイベントの「魔法」を強化するプロパガンダキャンペーンは「オリンピック精神」とフェアプレイの理想主義的な考え方を呪文のように呼び起こしている。対照的に、批評家は大会を主催することの経済的および人的コストを示すために、合理的な議論と実証的証拠を提示している。しかし案の定、市民の心と精神は現実よりも「夢」に揺さぶられる。

とあって、しかしこの前の投稿(「高橋喜代史展 言葉は橋をかける」)でも書いた通り、ボストンをはじめ、いくつかの都市は住民投票で反対派の声が多かったため招致から撤退していて、「ボストン市民は開催の誇りや栄誉をただ受け入れるだけでなく、事実を査定すべきだと考える」こちらの記事に書かれていたりするわけです。

なので、監訳者あとがきに書かれていた

オリンピックの唱える「レガシー」が、真に万人のためのものへと変革されるかどうか、目を凝らし、耳を澄まして見極めたい。

という部分も踏まえつつ、札幌の2030開催概要計画を読んでみたのですが、やっぱり気になったのは、コストと大会ビジョン(レガシー)の部分でしょうか。

招致時の開催経費見積もり7340億円が3兆円超えになった東京だけでなく、1960年以降の五輪は全大会で予算をオーバーしていて、建設費(インフラを除く)だと超過の平均156%とな。

2017年にダブル授与となったパリ(2024)とロサンゼルス(2028)のうち、ロサンゼルスの招致予算は53億米ドルだったけど、4年分(2024→2028)のインフレを考慮して修正された新しい予算案は約30%増しの69億ドル。そして「間違いなく、他のオリンピック予算と同様に、この数字は今後8年間上昇し続けるだろう」と本書で言及されています。

と考えると、

札幌は、国際競技大会開催の実績とすでに競技施設があることを踏まえても、

※札幌市の施設整備費の総額800億(うち札幌市負担は450億で、残りは国からの交付金)は、13会場のうち11会場が改修で残り2会場は仮設と建替ということで出された試算。

※建替というのは、既存の月寒体育館の建替で、五輪終了後に月寒体育館は解体されるので、結果として1(月寒体育館)→1(新月寒体育館)で新設に当たらない、という説明でした。や、わかるけど、こういう8年くらい前からの政権っぽい香りがするこじつけのような言い回しは、札幌市にはしてほしくない…と思うのは私だけ?

★他都市同様、かつコロナが今後どうなっていくかもわからない中で、材料費や人件費の高騰等で整備費が増えていく可能性もないとは言えない。

★さらに気候変動による雪不足はすでに起こるようになっていて、昨年ですら札幌でスキー競技会が中止になったりしているわけで、雪の調達にまつわる経費増もなかなかのリスク要因。

★運営費には原則税金は投入しないと書かれているけど、無観客でチケット収入がゼロになることも、ないとは言えない。

ということで

これまでのオール予算オーバーの歴史から唯一例外となる保証はない(そう考えているのだとしたら、そう考える根拠をもっと説明してほしい)のだから、例にもれなく予算が増えた場合の説明が全然ないのは不誠実な気がするなー。

予算の10%にあたる200億が予備費として計上されているけど、無観客になった場合チケット収入400億を見越しているので、すでに足りない…。

運営費が足りなくなった場合の、「原則税金は投入しない」はどうなるのか、という部分もきちんと説明してほしい。

レガシーについても、一番どうかなあと思ったのは「スポーツによる健康で活力のある社会」の部分。

冬季大会の種目で札幌市で開催されるものは、アイスホッケー、スケート、カーリング、スキー、バイアスロンだけど、生涯スポーツ的に市民が享受できるものって、歩くスキーぐらいのような…。

スケートはちょっとわからないけど、スキーで言えば市内の学校でのスキー学習が減る中、スキーを楽しめる子どもはある程度限られていて、ましてや習い事としてスキーを選択できる家庭も限られている。

それなら、いっそレガシー部分を「トップアスリートの輩出」だけに絞ってほしいのだけど、きっとそう書いてしまうと税金を使う理由としてどうなの、という議論が出るから、あたかも「これが全市民の健康のためですよ〜」と装っているのだろうなあ。と思わせる記述は、違うなあと思います。

本当にそこを目指すなら、オリンピックにかけるお金を使って市民がウィンタースポーツにもっとアクセスできるシステムを構築した方が良い気がしません?スキー場への無料バスや発着地点を増やしたり、ウエア等の無料貸し出しをしたりとか。何もそのために巨額の税金を使うリスクを冒してオリンピックを開催する必要はないと思うわけで。

ウィンタースポーツが札幌の歴史的に大切なことは踏まえても、今はそれが一部の市民や観光客のものになりつつある中、オリンピックをしたからそれが全市民に開かれる、という筋書きは無理があるんじゃないのかなあ。

パラオリンピックをすることでバリアフリー化が進むのは大歓迎ですが。

現状の概要計画は、まさに「過小評価されたコストと過大評価された利益」である気がする。あと東京2020のときにも話題になった、不平等な「開催都市契約」のことも最大の懸念です。

私は、「もしも最悪の場合になったら」ということへの説明や手段が記載されていない現状の概要計画では、とても賛成とは言えない。

それこそボストン市民のように、開催の誇りや栄誉をただ受け入れるだけでなく、事実を査定すべきで、そうさせてほしい。

賛成の人がいることももちろん承知していますし、自分も問題点は上記の本で理解しつつ「オリンピックの唱えるレガシーが、真に万人のためのものへと変革されるのか」という視点を持ち続けたい。

なので札幌市には、すでに現時点で賛成あるいは反対の人たちの声だけをすくい取るプロセスではなく、オリンピックに対して漠然としたイメージしか持てない市民が、自分なりに考えられるようなプラス・マイナス両方の情報提供に努めてほしいです。

1月以降に予定されているらしいシンポジウムやワークショップ、意向調査が、どんなものになるのかドキドキ。

※2/13追記:2/12に札幌オリパラ招致市民ワークショップに参加したので、そちらの内容についてまとめました。ブログはこちら

(編)

 

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