昨夜はコレカ・プトゥマ『Hullo, Bu-Bye, Koko, Come in』をMousonturmで。

彼女の二冊目となる詩集『Hullo, Bu-Bye, Koko, Come in』をマルチメディア舞台化したもので、

白人のフェミニストの著書の中で引用されるだけの存在であった黒人女性の声、名前や声が抹消されてきた歴史、表象のされ方みたいなことが語られていくのですが

Amazonで詩集の紹介文を拝見すると

“I wanted these excerpts to serve as a conversation between the poems and an archive of sorts – an archive of black women (living and dead) who are looked at, celebrated, uncited, erased and exploited. I wanted to make visible the words of black women who have had to navigate the complexities of a constant gaze that often renders the “looked at” invisible. In my quest, I wanted to further understand and challenge my own methods of citation, documentation and seeing – and in doing that – invite others to do the same,”she says.

と書かれていて、なるほどなー。

上演中は聞こえづらかったり、上手く掴めなかった部分もあったので、内容についてはむしろ詩集にあたりたい…

と思いながらも、

詩の朗読に静かに耳を傾ける聴覚的な体験に比べると、視覚体験はなかなかに情報が氾濫していて、身体はオブジェクトのようでもあり、言葉は猛烈にスクロールされ削除され、意図的な顔のクローズアップ映像で生々しい「個」が強烈に意識されたり。

演劇を研究・批評されている人は、本作をどのように読み取ったのかなー。読んでみたい。WEBで劇評を見つけられるといいな。

※フランクフルト滞在のブログはこちらにまとまってます。

(編)

Tagged with:
 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA