デヴィッド・グレーバー『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』読了。
元々の「労働」が「生産」と結びついていたために、労働者階級=生産ラインでせっせと働く男性というイメージが固定されてしまったけど、実際には労働者がもっぱら工場で働いていた時代はなく、ほとんどの労働者階級による労働は(男性がやるにせよ女性がやるにせよ)女性の仕事と基本的にみなされるもの=人、もの、植物、動物等をケアリングするという側面があるということ。
そして仕事のみならず、私たちのほとんどの行為がケアリングの諸関係に絡め取られていて、そのケアリングを可能にする土台として、相対的に予測可能な世界を保守することが必要となる。
ため、自らが嫌悪している制度的構造であっても、それが保守されることが必要とされる。(ゆえに資本主義が変わらない)
という指摘、へー!
さらには、仕事が自ら進んで行う苦行であるからこそ価値があるという神学的な価値観から、仕事によって生み出される社会的価値が大きければ大きいほど(本人がやりがいを感じれば感じるほど)苦行的側面が減っていくため、受け取る対価が少なくなる。
という指摘、へー!
コロナ禍でエッセンシャルワークと呼ばれる、社会を維持していくために必要な仕事に携わる人たち(と、にもかかわらずその仕事に対する報酬の低さ)に注目が集まりましたが、
「楽しかったり、やりがいを感じたりする仕事だと、全然苦行じゃないから、報酬は低くてよろしい」という観点と、
「仮にそういった必須のケアリング仕事の報酬が高ければ、お金目当てでやろうという不届きな人間が現れるから、報酬は低くして、それでもやりたい!という人間が携わるのがよろしい」という観点によって、
携わる本人が「これは誰の役にも立っておらず、何のためにあるのかわからない仕事なのに、毎日8時間拘束され続ける苦行」と認める仕事や、仮にそれが急になくなったとしても誰も困らないような仕事(著者は主に金融業とか管理者的地位にある人たちなんかをそれに当てはめてた)の報酬が高くなるという…。
さらには苦行としての仕事をやっている人たちからすると、社会的に重要な役割を果たしている仕事に携わる人たちが妬ましいので、そういった人たちが仮に報酬アップや雇用条件の向上を訴えたりすると「ふざけんなよ」という敵意に変わるという…。何という倒錯!
あと、通常人はあれこれ苦労して経済的価値を何とか溜め込んで、やっと自分のお金を高尚なもの(利他的なもの)につぎ込むことが許されるので、何がしかの特権的なバックグラウンドによってその苦労の過程をスキップできた人たちが利他的な行いをすると、偽善に映るという考察も。
「リベラル・エリート」の面々とは、われわれのつくる行列に並ばずに最前列に招き入れられるような連中であり、それでいて愉快かつ高給、さらには世界に影響を与えるような数少ない仕事を独占しているーとみなされている。体をこわすほどつらく苦痛に満ちてはいるものの、社会的に有用であるという点では共通するはずの労働には興味も関心もむけない「リベラル・エリート」たちは、労働者階級の格好の反感の的である。
とな。
で、著者は最後にベーシック・インカムについて言及するのですが、「控えめなベーシック・インカムのプログラムでさえ、最も根本的な変革にむかう最初の一歩となりうる。すなわち、労働を生活から完全に引き剥がすことである。」と言うのですね。
まず、たとえ職を失ったとしても生存権が脅かされない保証(ベーシック・インカム)があるからこそ、苦行としての職場を去ることができるようになる。(+ハラスメント等にも我慢する必要がなくなる。)
そうすると、苦行としての職にはそもそも人が集まらないようになるので、それを管理する人たちの仕事もなくなる、し、わけのわからない肩書きの人たちの存在意義のなさが可視化される。
富裕国の37〜40%の労働者がすでに自分の仕事を無駄だと感じている(経済の半分がブルシットから構成されている)現状があるので、あらゆる人々が「どうすれば有用なことをなしうるか、何の制約もなしに自らの意思で決定できる」状況が実現したとして、現状より労働の配分が非効率になるなんて状況はありえない。
という素晴らしい考察。
自分的にも、ベーシック・インカムはホント実現してほしい制度であります。今ある社会保障を維持しながら最低限の収入保障をするというむちゃくちゃ控えめバージョンで構わないので…。
あ、雇用人数を増やすために管理職というジャンルができて、何をやるのか不明な肩書きの人たちが増え、さらにそういった人たちの仕事を作るために本来不要な管理仕事(書類仕事)が生まれ、果てしない無駄な仕事が積み重ねられていくという仕組み、
ザ・日本。
働き方についてはここ数年かなり関心があって、自分なりに試したり備えたりしながら自分の最適解がだんだん見えてきたところで、その最適解に近づいていくために半苦行を一定期間受け入れてみようかなと思っているのが現時点ではあるのですが
「労働」の謎についてあれこれ考察している本書を、このタイミングで読めて良かったです。
この日本語訳は2020年7月に発刊されているのだけど(原書は2018年発刊)、グレーバー氏、2020年9月に急逝されていたのですね…。※ちなみに、グレーバー氏とマーシャル・サーリンズ氏の共著「On Kings(2017, HAU)」日本語訳版が今後以文社から発行予定。
コロナ禍を語るグレーバー氏のインタビューなども読んでいたから、後から知ってびっくりしてしまった。本当に急なことだったんだなあ…。
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