猫、生きてます。今回猫パート多めです。

土曜日は病院の予約も入れていたけど、もう薬も飲ませていないし、動かすのも負担になりそうだったので、予約をキャンセル。
呼吸が荒い中、小さく切った刺身を口元に持っていくと一切れ食べる、というようなことを数時間おきに繰り返して、人間も眠ったわけですが。
日曜日の朝、意気込みが感じられる食べ方!に変化していて、おお〜、と。
舌の機能が落ちているのか食べ方が下手っぴになってて、放っておくとただウエットフードを皿からこぼしただけで力尽きるので、スプーンでちょっと介助するという、老猫ならではの飼い主的役割も発生。
猫もすごく一生懸命に食べる意思を見せ、こちらも口の中に入っていくようスプーン使いに集中するので、終了後は「頑張ってたくさん食べたねー!」という気持ちになるのですが、実際には(モンプチグルメの)液体部分少しと、固形物はお肉の小さなかけら2片、とか。めっちゃ微々たる量だけど、そのために使うエネルギーが(猫も人間も)すごい。
猫が「食べる!」という意思を見せているうちは、それに最大限応えるのが飼い主の務め!と思いながら、一番食べやすそうに見える刺身をいそいそと用意するのですが、一通り食べたら飽きるというグルメぶりを発揮するところも猫らしい。
ので、
あの手この手で食事セッションを日に数回行なっております。(ちなみに、宮城県産の養殖生銀鮭には本当にお世話になってます。春夏が旬で、生でも焼いてもよく食べる、老猫ロングランヒット商品。)
あと、
「食べる」という意気込みを猫が見せて、ご飯を冷蔵庫へ取りに行くのに1分ほど離れて戻ってみると、すでに寝落ちしていることもあったり…このパターンは新しい…老猫…。
元気だった頃のようにパッと目覚めないことが増えてきたのも印象的。眠っている時にそのままあの世へ行ってしまうような雰囲気と言いますか、人間が老衰で自然死するときもこんな感じなんだろうなあ。

(うつらうつら。)
今でもすでに食事量はかなり減っているけれど、一応最後まで好きなものをほんの少しでも口にして、眠りながら穏やかに息を引き取れたら万々歳だなー。自分だって、そういう枯れる感じの死に方がいいっす。点滴、いらない。

(うつらうつら。)
ちなみに食べる量が少ないせいか、吐きどめの投薬をやめても吐かずにいるのでホッ。(胃の機能が落ちているだけかもだけど。)病院も行くのをやめたし、猫のストレスゼロになって良かったのかも。
あとはー
土日の間に家主がせっせと裏庭で作業していて(どこにいるかわかります?)

ルバーブが木の根元に植えてあったのですが。(家主の痕跡その2)

見た目にかわいいけど、この場所で育つのかな。
それにしても家主周辺は、手押しポンプで水を汲んで、木を切って、枝を燃やして〜、と

如実に山小屋生活感が高い。
ついでに家の前の、ギボウシがわっさわっさ茂っていたエリアも整備。

ギボウシ、花屋時代に愛用していたなー。出荷できそう。

そして、ここにもルバーブが。(家主の痕跡その3)

ここは育ちそう。
あとはー
元の住人の方が植えてくれたツツジが見頃を迎えております。その横には松と大きな石。

の上にひっそり置いてあるのは、斉藤幹男さんの「目玉焼き」。石の上でジュージュー焼いている風。
今私たちが前の住人の石灯篭などの痕跡を発見しているように、もしこの家に遠い将来違う誰かが住むことになった時、家主が整えた部分だけじゃなくて、この目玉焼きに気づいてくれたらちょっと可笑しくていいなーという私の痕跡。
松とともに、良い具合に年月を重ねていってほしい〜。
(編)
 
 
 
 

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