ユダヤ教正統派の中でも「超正統派」と呼ばれるハシド派。そのコミュニティがNYブルックリンにあり、そこから逃れ、ベルリンで新しい人生をスタートさせた女性の自伝が原作の『Unorthodox』@Netflix

の1話目を見て、2話以降を見る前に、ハシド派コミュニティから抜けた人たちを追ったドキュメンタリー『One of Us』を見ることに。

「コミュニティ」というものの本質、信仰、自由と従属、民族と個人の関係…という大ーーーーきな問題に身を切り刻まれる当事者たちの姿に対して、何か感想を述べようとしても、どこにも自分の立つ場所が見つけられないな…
子供をコミュニティに取られてしまう女性も登場するのですが、彼女を支えてきた、超正統派コミュニティを抜けたいと思う人たちを手助けする団体の女性は
「現在のハシディズムの共同体は、第二次世界大戦の答えと言えます。今ある共同体は犠牲者の上に成り立っていて、トラウマを内包しています。親と600万人の犠牲者のどちらに子供は属するのか。子供は共同体の宝で、子供たちの魂がこの世界を是正することこそが、彼らの原動力なのです」と語り。
ただそこに生まれたというだけで背負わされるものが、あまりに大きすぎる…。

打ちのめされたところで、『Unorthodox』の続きを鑑賞。
ベルリンに妻(というか、お腹の子ども)を取り戻しに来た夫が、コミュニティの外の価値観に触れ、相手の気持ちを思いやることを学び、「自分も変わらないと」とある大きな行動を取るのですが、それでも「もう遅すぎる」という事実が切なかったなあ。
原作の著者はデボラ・フェルドマンさん。彼女について検索したら、2019年作の『#Female Pleasure』というドキュメンタリーを発見。(本作に関する記事はこちら

これも見てみたい…!
もう一つ
言葉が迷子になった作品が、ミュンヘン・カンマーシュピーレ(市立劇場)のレパートリーからYael Ronen『Point of No Return』(2016年)。

稽古を始めた当初は、テクノロジーの影響下にある人との関係性や未来のセックスについての考察的な作品を考えていて、デートアプリや身体改造、サイバーセックスなどが役者との論点だったそうで。
ところが、その矢先にミュンヘンのショッピングセンターで銃乱射事件が発生、9名が犠牲に。本作は、役者たちがその夜をどのように体験したか、という語りからスタートします。
突然の悲劇に間接的に巻き込まれた(ある個人の日常の瞬間が突如、劇的なスポットライトを浴びた)時の「演技/ではない」、その体験を役者が舞台上で語る時の「演技/ではない」が興味深い。
さらに実際の銃乱射の現場で逃げ惑うお客さんや、撃たれて倒れている人が映った動画をネットで見れるのですが、その映像が舞台上に投影され、役者がその人たちに重なるように「演じる」んですね。
SNS社会において「撮る」「悲惨な映像を見てしまう」行為があぶり出す人間の性質や、この事件の死者をこのような形で演じることの倫理とか、
では、それはこれまで物語上の数々の「死」を演じてきたことと何が違うのか?この場面に添えるべきテキストとは、どのようなテキストか?(本作では、ここでエリトリアからの難民の文章が読まれる)
そもそも他者の死や不幸にどのような態度を持つことが正しいのか?(レビューの一つでは、多分この辺のシーンについて「共感を示すために偽造される感情」と表現。そもそも演劇とは…とつい考えてしまう。)
などなど、問いかけの嵐。
かなり見ている側に気まずさを感じさせる場面もありつつ、それを笑いに転化させる気遣いも。(でも、そこで笑えるのは、地元の劇場における観客と役者の関係性があってこそなのかも)
 

あとは軽めに。
クリスタル・パイト振付の『The Statement』

(※本作は4/17までNDTのサイトで全編公開しています。)
イギリスの人形劇専門劇場Little Angel Theatreによる、ジョン・クラッセンの同名絵本をもとにした『I Want My Hat Back(どこいったん)』

(↑こちらも2週間限定公開だそうです)
あとは杉原邦生さんが(共同)演出したスーパー歌舞伎II『新版 オグリ』の舞台収録映像(19日まで無料配信中)も見たい。3時間。
※詳細はこちらからどうぞ。
(編)

 

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