2日目はさいたまトリエンナーレ2016へ。
最初に向かったのは旧民俗文化センター。
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↑バスの待合所?が気持ち良い。
最初に、屋外に設置された「目」の大型インスタレーション作品を見たのですが、すごーーーーくよかった!
写真NG&見たものを話すこともNGなのであれですが、世界の反転ぶりにテンション上がりました。
アピチャッポン・ウィーラセタクンの映像インスタレーションは、気づいたら何ループも見てしまっていたという。
『光りの墓』の最後の方でも思ったけど、あの、起きてるのに寝落ち寸前のような感覚というか、起きてるんだかよくわからなくなる感じってホント不思議。
ホームベースプロジェクトでは、共同プロデューサーのニッキ・ヘンドリックスとの会話が楽しかったです。メール送らなきゃ。
札幌で再会できるといいのにな。
お次は大宮に移動。
ダンカン・スピークマン+サラ・アンダーソンの二人一組で楽しむ体験型サウンド・インスタレーションは、スタッフの方と体験。
ヘッドホンをつけて街を歩く系の作品は地味に初めて体験しましたが、今回みたいに二人一組で歩いて、かつ詩的な内容の場合、(危ういけど)知らない人と組んだときに奇跡的な組み合わせが生まれそうだなーと。
その可能性は想像できるし、そうなればいいなと思ったけど、今回は奇跡は起きず。でも楽しかったです。街中にもフィクションを仕込めたら、もっと面白いかもしれないな。
岡田利規さんの「映像演劇」は、それが上演されている空間全体としてはとても面白かったけれど、もう少し時間をかけて「映像演劇」については考えていきたいところ。
で、少し時間もなくなってきたので、武蔵浦和に移動。
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↑一応撮ってみた。
ここでは、鈴木桃子さんの展示会場でついご本人と話し込んでしまいました。
人間の身体の中では一日に数千億の細胞が死んでは、新たに同数の細胞が生まれているわけですが、そういったアナログで起こる途方もない生命のダイナミズムみたいなことに、同じくアナログな「手で描く」という行為で挑戦しているのかなーと。
トークイベントがある20日以降は、描きあげた作品を少しずつ消していくそうなのですが、それもまさに上記のダイナミズムを感じるなあ。
メール送らなきゃ。
あと同じく旧部長校舎で展示されていた、松田正隆+遠藤幹大+三上亮の《家と出来事 1971-2006年の会話》!!!
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普通の一軒家↑でほぼ自分一人だったので、ちょっとすごい体験でした…。
でもあれ、深く考えると自分が誰を生きてるのかグラつく感じで危ない。いやはや。
のあと、
シルク・ヴォスト公演を見に新豊洲へ移動。
ほのかにマッドマックスっぽさもありつつ(コーマ君ぽい人もいたし)、スリルと美しさがあって良かったです。
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(↑これにコーマ君ぽい人が乗って、空中で演奏していた。)
リアルに(自分の頭上数mのところを)アーティストがぶっ飛んでおりました。
なんだかこの作品を見ているときに、美術などの視覚芸術も、舞台芸術も、映画も文学も批評も論考も全て含めて、日々そういった知性の結晶だけに接して生きていられたらいいのにな、という想いがしみじみと。
見たことのない芸術作品は世界中に無数にあって、自分が生きているうちに一体どれだけ触れられるんだろう。
人は、生きているうちにどれだけのことを知れるのでしょうね。
ふー。
(編)

 

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