弘前劇場『素麺』をコンカリーニョで見てきました。
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途中結構笑いが起っていて、それは本当にちょっとした面白さなのですけど、昨年ってあまりそういう笑いが起った印象ってないのですよね。(覚えてないだけかもしれないけど)
これって、震災から2年半以上が経過して、登場人物たちが日常を少しずつ取り戻しているってことなのかもしれないなあ、とぼんやりと。
どんなに辛くて悲しい場でも、人が集まれば以外と小さな笑いも生まれているってことと同じで、
(そして、それは人間に与えられたギフトのようなものだと思う)
そうやって失いかけた日常を取り戻していくことは、とても大切なことだなと。
その分、「決して戻らない時間や人」に対する想いも静かに降り積もっていて、昨夜はその「時間がたってしまった悲しみ」を見つめているような気がしました。
もう一つ思ったことは。
新しい場所に座敷童子と一緒に行くことを望んだおじさんを見て、精霊信仰など現代では廃れてしまった精神世界の必要性というか、
災害の多い土地に生きる人たちが生んできた心の拠り所を、いつの間にかなくしてしまったことは、しんどいことなのかもしれないなあ、と。
少し話は変わりますが、
弘前劇場の作品を見ているときに感じる、何とも言えないあたたかな気持ちって、自分以外の人がいることで生まれる物事をきちんと描いてくれるからで。
それは例えば、地下鉄に人が乗ってきたときに少し座る位置をずらすくらいの、間接的な物事なのですけど、
何気ない会話にそういう部分が出ていると、無条件にうれしくなるのはなんででしょうね。
昨夜はしみじみと、素晴らしい作品だなあと思ったのでした。
(編)
 
 
 

 

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