パク・ユハ『帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い』読了。
朝日新聞出版の紹介欄より↓
性奴隷か売春婦か、強制連行か自発的か、異なるイメージで真っ向から対立する慰安婦問題は、解決の糸口が見えないままだ。大日本帝国植民地の女性として帝国軍人を慰安し続けた高齢の元朝鮮人慰安婦たちのために、日韓はいまどうすべきか。元慰安婦たちの証言を丹念に拾い、慰安婦問題で対立する両者の主張の矛盾を突くいっぽう、「帝国」下の女性という普遍的な論点を指摘する。2013年夏に出版された韓国版はメディアや関連団体への厳しい提言が話題になった。本書は著者(『和解のために』で大佛次郎論壇賞受賞)が日本語で書き下ろした渾身の日本版
慰安婦問題については、以前読んだ『日韓外交史 対立と協力の50年』でこのトピックが韓国内で注目を集める政治的な事情に触れられていたり、映画『主戦場』で「強制連行はなかった」「彼女たちは売春婦」と主張する人たちがいるんだ、ということに驚いたりしつつ
慰安婦そのものについては、きちんと読んだことがなく。
(自分としては、個々人の事情や当時の社会構造、戦争下の特殊な状況などどんな要因を挙げたとしても、慰安所が尊厳を奪う悲惨で過酷な性労働の場であることに変わりはなく、そこで「もの」として扱われた無数の女性のことを思うととてつもなく苦しくなるし、どんな言説を持ってしても正当化は絶対できないでしょう…という立場。)
で
この本は、元朝鮮人慰安婦や軍人のさまざまな証言をもとに、敵国の女性たちとは違う「日本人女性の代替としての」朝鮮人慰安婦の存在を明確にしていきながら、それらの証言が、いかにこれまで「聞く側の作りたいイメージに沿って取捨選択されてきた」かを明らかにしつつ
国家の対応に帝国主義と冷戦体制が与えた影響も分析していく一冊で、複雑さを複雑なままに提示してくれる素晴らしい内容でした。
例えば
朝鮮人慰安婦という存在を作った大きな原因はもちろん植民地化されたことにあるのだけど、
そのことに加えて植民地の貧困、人身売買組織が活性化しやすかった植民地朝鮮の社会構造、朝鮮社会の家父長制、家のために自分を犠牲にすることを厭わなかったジェンダー教育、家の束縛から逃れたかった、などなどさまざまな要因があって、
そういったことを無視して、全てを「日本軍の強制連行」のみに帰すのは、植民地の矛盾を不可視化するだけだ、とか。
あと1965年の日韓協定締結時に、個人請求権を残さないことを選んだのは韓国政府で、『日韓外交史〜』を読んで、経済建設のために政府が個人の請求分も受け取ってしまったものと思っていたのだけど、
本書で引用されているチャン・バクチン『植民地関係清算はなぜ成し遂げられなかったか』によると、それは「統一後に日本が北朝鮮地域の日本人財産を要求するのを遮断するのと、統一以前に北朝鮮と日本が請求権交渉をするのを防ぐ」ためでもあったそうで。
韓国と北朝鮮の対立も影響していたのかー、と思うと、なんかもうすごい…。
さらに65年当時、国家による精神的・身体的被害を補償する法も、帝国の植民地支配による被害に対して補償するようにした法も存在しておらず、韓国が帝国主義に対する問題提起を十分にできないままに日本と国交を結ぶことになった冷戦体制を両国は生きており、時代的な限界もあった、と。
その上で1993年に発表された「河野談話」の評価すべき点や、そのあとの「謝罪<手段>としての」「アジア女性基金」がうまく機能しなかった不幸と、その理由とか。
この辺は、支援者の運動の仕方についても考えさせられる考察が多かったです。政治運動、社会改革、みたいに目指すところが大きくなってしまって、正義自体が目的化してしまった場で、慰安婦はもはや当事者ではなくなっていたとも言える。みたいな。
日本の戦後補償研究家のミンディー・コトラーが2013年に受けた、韓国の新聞による(韓国の運動に対する)インタビューを紹介するくだりで、
「もうすこし柔軟である必要があり、この運動をどのように終わらせるのかも考える必要がある」としながら、「問題をここまで持ってきた日本に一番大きい非があるが、ドイツの場合を見ると、すべての和解は結局、ひとつひとつ細かい話し合いを通して導きだされた。しかし話し合いは片一方の話通りには行かないもの」
と語ったことからも、合意とは何か、みたいなことを考えてしまった。
そうやって「謝罪しない者と許さない者の対立だけが、慰安婦問題の中心を占めてきた」とパク・ユハ氏。「日韓政府は直ちに、この問題の解決を話し合う国民協議体(当事者や支援者や識者をまじえた)を作るべきだ。そして、期間を決めて(半年、長くても一年)ともかくも<合意>を導きだすことを約束して対話を始めるのが望ましい」と言います。
最後に「今後はいかなる場合でも、元慰安婦たちがまたもや国家や政治のための人質になることは防ぎたいものです。そのためには、解決を国家や支援団体のみに任せてきた人たちの声が必要です」と。
本当に、そうだなあ。
あと冷戦下の米軍による性暴力とか、そのための慰安所を設置した韓国政府とか、も読んで、女性とは…とまたもや苦しくなってしまった。
人間として、「性」を国家に管理される事態だけは、本当に二度と起こってほしくないな…。
(編)
旧ブログ
(編)のつぶやき
アーカイブ
- 2024年10月 (2)
- 2024年9月 (6)
- 2024年8月 (6)
- 2024年7月 (8)
- 2024年6月 (4)
- 2024年5月 (18)
- 2024年4月 (6)
- 2024年3月 (7)
- 2024年2月 (11)
- 2024年1月 (6)
- 2023年12月 (9)
- 2023年11月 (10)
- 2023年10月 (5)
- 2023年9月 (10)
- 2023年8月 (12)
- 2023年7月 (20)
- 2023年6月 (11)
- 2023年5月 (13)
- 2023年4月 (5)
- 2023年3月 (9)
- 2023年2月 (12)
- 2023年1月 (4)
- 2022年12月 (12)
- 2022年11月 (5)
- 2022年10月 (11)
- 2022年9月 (5)
- 2022年8月 (6)
- 2022年7月 (9)
- 2022年6月 (7)
- 2022年5月 (6)
- 2022年4月 (5)
- 2022年3月 (5)
- 2022年2月 (5)
- 2022年1月 (4)
- 2021年12月 (9)
- 2021年11月 (7)
- 2021年10月 (8)
- 2021年9月 (5)
- 2021年8月 (8)
- 2021年7月 (6)
- 2021年6月 (9)
- 2021年5月 (11)
- 2021年4月 (5)
- 2021年3月 (9)
- 2021年2月 (7)
- 2021年1月 (6)
- 2020年12月 (7)
- 2020年11月 (15)
- 2020年10月 (12)
- 2020年9月 (8)
- 2020年8月 (7)
- 2020年7月 (10)
- 2020年6月 (17)
- 2020年5月 (17)
- 2020年4月 (8)
- 2020年3月 (6)
- 2020年2月 (11)
- 2020年1月 (9)
- 2019年12月 (10)
- 2019年11月 (15)
- 2019年10月 (12)
- 2019年9月 (13)
- 2019年8月 (13)
- 2019年7月 (16)
- 2019年6月 (5)
- 2019年5月 (24)
- 2019年4月 (13)
- 2019年3月 (13)
- 2019年2月 (15)
- 2019年1月 (6)
- 2018年12月 (11)
- 2018年11月 (9)
- 2018年10月 (9)
- 2018年9月 (5)
- 2018年8月 (9)
- 2018年7月 (3)
- 2018年6月 (26)
- 2018年5月 (13)
- 2018年4月 (7)
- 2018年3月 (9)
- 2018年2月 (5)
- 2018年1月 (6)
- 2017年12月 (7)
- 2017年11月 (6)
- 2017年10月 (6)
- 2017年9月 (18)
- 2017年8月 (15)
- 2017年7月 (10)
- 2017年6月 (30)
- 2017年5月 (6)
- 2017年4月 (7)
- 2017年3月 (6)
- 2017年2月 (12)
- 2017年1月 (11)
- 2016年12月 (7)
- 2016年11月 (19)
- 2016年10月 (8)
- 2016年9月 (11)
- 2016年8月 (9)
- 2016年7月 (21)
- 2016年6月 (12)
- 2016年5月 (9)
- 2016年4月 (18)
- 2016年3月 (15)
- 2016年2月 (9)
- 2016年1月 (8)
- 2015年12月 (9)
- 2015年11月 (23)
- 2015年10月 (21)
- 2015年9月 (17)
- 2015年8月 (20)
- 2015年7月 (28)
- 2015年6月 (26)
- 2015年5月 (19)
- 2015年4月 (22)
- 2015年3月 (22)
- 2015年2月 (23)
- 2015年1月 (22)
- 2014年12月 (32)
- 2014年11月 (39)
- 2014年10月 (19)
- 2014年9月 (25)
- 2014年8月 (33)
- 2014年7月 (24)
- 2014年6月 (29)
- 2014年5月 (31)
- 2014年4月 (22)
- 2014年3月 (29)
- 2014年2月 (35)
- 2014年1月 (27)
- 2013年12月 (35)
- 2013年11月 (31)
- 2013年10月 (22)
- 2013年9月 (28)
- 2013年8月 (23)
- 2013年7月 (31)
- 2013年6月 (37)
- 2013年5月 (30)
- 2013年4月 (24)
- 2013年3月 (27)
- 2013年2月 (20)
- 2013年1月 (20)
- 2012年12月 (28)
- 2012年11月 (42)
- 2012年10月 (30)
- 2012年9月 (23)
- 2012年8月 (13)
- 2012年7月 (31)
- 2012年6月 (25)
- 2012年5月 (32)
- 2012年4月 (28)
- 2012年3月 (29)
- 2012年2月 (26)
- 2012年1月 (26)
- 2011年12月 (27)
- 2011年11月 (20)
- 2011年10月 (33)
- 2011年9月 (32)
- 2011年8月 (34)
- 2011年7月 (38)
- 2011年6月 (39)
- 2011年5月 (33)
- 2011年4月 (31)
- 2011年3月 (30)
- 2011年2月 (30)
- 2011年1月 (30)