エレクトロテアトル・スタニスラフスキー『PSYCHOSIS』から、精神つながりで、想田和弘監督『精神0』を「仮設の映画館」で見ました。

仮設の映画館については、ぜひ上のリンク先からチェックしてみてください。鑑賞料金が「本物の映画館」の興行収入と同じく、それぞれの劇場と配給会社、製作者に分配される仕組みとのことで、シアターキノを選んで鑑賞してみました。
これも、昨日の国際オンライン演劇フェスティバルと同じく、全ての人に扉を開く試みだなあと。コロナ収束後も、劇場公開と並行して継続してもいいんじゃないかなあ。
映画館で見る映画体験とは違うけれど、自分の住む街に映画館がなくても、自分の住む街の映画館で公開されなくても、あるいは様々な理由で映画館に行くことができなくても、
オンラインでその作品につながり、映画館で見た人たちと同時に盛り上がれるって、結構大事なことなんじゃないのかなー。
仮設の映画館を通じて、「この映画館は自分の見たい作品をいつも上映しているなあ」という感じで、好きな映画館がよその街にできていくのも素敵なことですよね。
そして、
『精神0』。
山本先生の言う「週に1回は(これをしたい、こうだったらいいのに、という気持ちを)ゼロの日にする」とか、障害者手帳を持った方がいいと思うか?という患者さんからの質問に対する「あなたがそれでも自分は変わらないと思うなら、いいと思うよ」というアドバイスとか、
自身が怪我をしたときに、思うように動かない身体のせいで鬱になりかけたことをきっかけに、「この思うようにいかなさと何年も向き合い、生きのびてきた患者さんは本当にすごいよ」と思ったというエピソードとか、
心に響いたなー。
私は、ちょうど猫のことをきっかけに、

老いでもなんでも、つい「失われた」と考えがちだけど、いやいや、その時々に新しく現れる「それまでなかったこと」を「得ている」のですよね。

という気づきがあって、だから山本先生と奥様の芳子さんのことも、「新しい二人の関係を今まさに得ている」と思いながら眺めていました。
それはそうと、二人のスローーーーーーーな動き(足を上げる、とか、お茶を出す、とか、ひとつひとつの行為への全力投球具合と、でも圧倒的に遅いということ)と、それに伴う山本先生の重労働感滲み出る荒い息遣いなど、身体に訴えてくる映像に見入ってしまう。
この点に関しては、映画館で見ていた方がより没入できたかも。
あとはー
死期が近い老猫のお世話をしている身としては、本作に出てくる野良猫の、ヨボヨボなのにたくましさを感じる佇まいに「そうだよ、猫はたくましい生き物だ」と嬉しさが。
そのまま全力で、その時その時を生ききっておくれ。
想田監督の映画に出てくる(野良)猫は、どれもいい佇まいで好きだな。というか、猫はそういう生き物ですね。猫!
(編)

 

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