すっかり遅くなってしまいましたが、8/20に教文で上演されたマームとジプシーの10周年公演、見に行ってきました。この日は「クラゲノココロ モモノパノラマ ヒダリメノヒダ」。
マームとジプシーは、2014年に『ΛΛΛ かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと———-』伊達公演を見に行って以来です。
私が初めて見た彼らの作品が、2013年に初演された『モモノパノラマ』だったこともあるのですが(その時のブログはこちら)、この作品は、鑑賞すると本当に動揺してしまう。
本作を見たときに、トヨダヒトシさんのスライドショーを思い出して、「一瞬あとにはもう二度と戻ってこない、「常に失い続けている」瞬間を切り取った写真を、スライドで見せるという彼の行為に触れて以来、明らかに自分の中で変わってしまった部分がある」とブログには書いたけど
それは、まさに藤田さんが初演の当日パンフに書いていた
「いつか、
モモとゆう存在を、なくすのだとはわかってはいたけれど、」
って部分に尽きる。
自分にとって大事な「生」が、今日消えてなくなる可能性、を常に考えてしまうから、何でも許せるというか。生きていてくれるだけでありがたい、って思っちゃうもんな。
私はまだ、そうやって覚悟している喪失、が「ほんとうになった瞬間」を知らないから、今こうやって好き勝手に生きているのかもしれないです。
あとはー
今回のモモノパノラマで、最後にモモの写真が出てきたことに驚くとともに、今読んでいる「記憶と写真」の関係を思い起こして、なんか、そうだなあと思いました。(なんのこっちゃですね、すみません)
でも、多分、私は、写真には残さないな。
記憶に残る、「その肌」の手触りだけで十分っす。
(編)
 

 

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