評判のお店のチェックはもちろん自炊でも手抜きなし、「今日は何を食べよう?」と考えることが勤務中の楽しみでもあるあなたに、ぜひ札幌座公演『西線11条のアリア』を見てほしいと思う。「食べることと観劇に、何の関係が?」と思うだろうけれど、まずは札幌市教育文化会館に向かってほしい。
 
冬の大通公園を横目に教文に到着したあなたは、入ってすぐ左手の小ホールに入る。目に飛び込んでくるのは、舞台上に静かに佇む市電の電停。パンフレットを読むと、どうやらそれは札幌に実在する電停らしい。
「今度沿線のお店に行くときは、市電に乗ってみようかな」とぼんやり考えていると、そこに会社員風の男が現れる。
東京から出張でやってきた彼が札幌の吹雪の威力を思い知る場面は、なかなかに痛快だ。「吹雪のことを誇らしく思ったのって初めてかも…」とおかしな気分で眺めていると、次々に人がやってくる。
でも、市電を待つ彼らは、何だか奇妙なのだ。
コンセントが付いている電停も変だけど、そこで米を炊き始める人たちはもっと変だ。
不思議なやり取りが交わされ、彼らの事情が判明していくにつれ、ホール内にご飯の炊けるいい匂いが漂い始める。
そして、彼らは最後の晩餐をいただく。電停に用意(!)されていたおかずとともに、とても美味しそうに。
 
帰り道、あなたはスーパーに寄って筋子やたらこを買うだろう。はやる心で台所に立ち、いつもより気持ちを込めて米をとぐはずだ。何百回も繰り返してきた行為なのに、この日は「ご飯が炊ける匂いって、なんて心が穏やかになるのだろう」なんてことを思ったりしている。
そして、丁寧にお椀によそい、「いただきます」と口にするとき、
あなたは、これまでその言葉を口にしてきた無数の人たちを意識するだろう。さっきまで自分の目の前にいた、彼らのような人たちを。
「普通の人が、普通に生きて、普通に死ぬ」。
ささやかに生まれては消えていった無数のいのちの連なりに、自分が接続したような感覚。
それは、本作に触れた人にもたらされるギフトだ。
私はあなたに、このギフトを受け取ってもらいたい。
 
あなたは、いつも一緒に美味しいものを食べ歩いている友人を誘って、期間中にもう一度見に行こうと思いつく。
「その前に、佐藤水産の飯寿司も買っておこう」。観劇後、絶対食べたくなるに決まっている友人がうらやましがるところを想像し、楽しい気分になったあなたは、お誘いメールを送る。
友人にも、あのギフトがもたらされるといいなと願いながら。
※本作は、2/15(土)まで上演。(2/10は休演日)開演時間等、詳細はこちらから。
(編)

 

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