『スキャンダル』を見てきました。

グレッチェン・カールソンがロジャー・エイルズを告発した時、メーガン・ケリーは自身もセクハラされた過去がありながら、沈黙を続けるのですが。
同様に、セクハラされた過去がありながらも、自身のキャリアを引き上げてくれたことを恩義に感じて、エイルズ援護に回る女性アンカーもいるわけです。
この一枚岩にならない感じが、超リアル。
エイルズ援護に回る女性アンカーは、エイルズから受けたハラスメントより、その後の恩義が上回るため、ハラスメント自体は我慢できる。
だからと言って、他者に我慢を強いる権利はない。
自分が我慢できるからと言って、他者にも我慢を強いる権利は誰にもないわけです。
メーガン・ケリーが告発する方に傾いて、他にも被害にあったスタッフがいないか探っている時、彼女の番組を担当するプロデューサーは告発を止めようとします。
なぜなら、その告発によって自身が職を失う可能性もあるから。「売れっ子の君なら次の就職先もすぐに見つかるかもしれない。でも自分は?まだ小さな子どももいるんだ」と彼は言います。
自身の生活のために他者が権利を行使するのを止める権利はないけれど、じゃあ逆に、自身の正義を貫くために他者の生活を壊すことは許されるのだろうか。
ケリーも彼の言葉を聞いて一度は告発を止めようとするのだけど、自身の娘を見て、最終的に過去のセクハラ被害を公にするんですよね。子どもにどんな未来を残したいかってところが、やっぱり判断の分かれ道というか。
でも、その正義を貫くために他者の生活を脅威に晒すことを選んだわけで、つまり誰が自身の権利を行使しても、そのために誰かが犠牲になるという、反転具合に唸る。
でも、一番悪い、諸悪の根源はセクハラをしていたエイルズで。1つの毒が周囲に及ぼす影響の凄まじさを感じずにいられない。
この場合の現実としてはエイルズが辞任するわけですが、実際には、諸悪の根源がのうのうとその権力の座に居続けることだって珍しくないだろうし。
どんなに良い顔をいくつか持っていたとしても毒は毒で、毒の面に関してはきっちり罰せられるべきだ、というのが、本作を見た感想。
ワインスタインも有罪評決が出ましたしね。
日本も、レイプした某記者を援護する側に女性もいますが、そうさせる毒構造は罪深いと思うなあ。
(編)

 

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