シアターキノ『人間の値打ち』を見てきました。

ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ(カルラ役)は、フランソワ・オゾン監督の『ふたりの5つの分かれ路』で見て以来、好きな女優さんです。
それにしても、第1章「ディーノの場合」の、ディーノ。
上流階級の仲間入りをしたいがために必死で立ち回る様は本当に滑稽なのですが、彼の後妻で心療内科医のロベルタは、患者からの信頼も厚い、優しくて公平な眼差しを持つ素敵な女性なんですよね。
(ディーノのどこにロベルタは惹かれたんだろう?と、素朴な疑問を持ってしまう…)
さらにディーノは最後の方でカルラにお金だけじゃなく「あること」も要望するのですが、それに対してカルラがもらす「本当にピエロみたいね」という言葉が印象的。
こういう人間の描き方って、なんとなくヨーロッパの(イタリアの?)伝統みたいなところがあるのかなーとぼんやり思ったのですけど、どうなんだろう?
そして、第3章「セレーナの場合」。
セレーナのルカへの想いは、若さからくる一時の情熱、という見方もできるかもしれないけれど、自分的にそう思えないのは。
その人と出会うことによって、知らなかった(あるいは無意識に抑え込んでいた)「自分の本性」を発見してしまったとしたら、
その人にどうしようもなく惹かれてしまうのは女性としてしょうがないと思うからで。
と書いて、
そりゃ確かに古今東西、文学でも映画でもなんでも、そのことがテーマとなって描かれてきたのだった、と思い至ったのでありました。
でもね、本当にそういうことって、あるなあ。
あるある。
ふー。
(編)
 
 

 

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