10月8日(土)、9日(日)の二日間、札幌市教育文化会館で上演された、フィギュアアート・シアター「KENJIサッポロ2011 グスコーブドリの伝記」。時代を超えた宮沢賢治のメッセージとFAT!Sの熱演が、大きな感動を呼びました。ほんの断片の記録ではありますが、真摯に今の世界に向き合った本作の、雰囲気を感じて頂ければ幸いです。
※写真は公演前夜の最終リハーサルを撮影したものです。
グスコーブドリは、イーハトーブの大きな森のなかに生れました。
お父さんは、グスコーナドリという名高い木樵りで、
どんな巨きな木でも、まるで赤ん坊を寝かしつけるように訳なく伐ってしまう人でした。
ブドリにはネリという妹があって、二人は毎日森で遊びました。
ごしっごしっとお父さんの樹を鋸く音が、やっと聴えるくらいな遠くへも行きました。
二人はそこで木苺の実をとって湧水に漬けたり、
空を向いてかわるがわる山鳩の啼くまねをしたりしました。
「ブドリ、これは父さんが若いころから勉強してきた、たいせつな本だ。おまえも読んでごらん。何度も読むんだよ。」
そして、ブドリは十になり、ネリは七つになりました。
ところがどういうわけですか、その年は、お日さまが春から変に白くて、
いつもなら雪がとけると間もなく、まっしろな花をつけるこぶしの樹もまるで咲かず、
五月になってもたびたび霙がぐしゃぐしゃ降り、
七月の末になっても一向に暑さが来ないために・・・
そしてとうとう秋になりましたが、やっぱり栗の木は青いからのいがばかりでしたし、みんなでふだんたべるいちばん大切なオリザという穀物も、一つぶもできませんでした。
野原ではもうひどいさわぎになってしまいました。
…
「こんにちは。誰かいるかね?」
「そうか、二人ともおなかが空いているんだね。
今日は私が餅を持ってきたよ。さぁ、食べなさい、食べなさい。
お前たちはいい子どもだ。けれどもいい子どもだというだけでは、何にもならん。
私といっしょについておいで。
もっとも男の子は強いし、わたしも二人は連れて行けない。
おい、女の子、おまえはここにいてももう食べるものがないんだ。おじさんといっしょに町へ行こう。毎日パンを食べさせてやるよ。」
「わあ!ドロボウ!ドロボウ!ネリを返せえ!」
…
「おい。子供。やっと目がさめたな。」
「俺は大百姓の赤ひげ。まだお前は飢饉のつもりかい。起きておれたちに手伝わないか。」
「もう飢饉は過ぎたの? 手伝いって何を手伝うの?」
「網掛けさ。」
「さあ、この高い木に網を掛けるぞ。梯子ーーーーーーーーーー!」
「ここらの森は、すっかりオレが買ってあるんだから、ここで手伝うならいいが、そうでもなければ、どこかへ行ってもらいたいな。もっともオマエはどこへ行ったって、食うものもなかろうぜ。」
「おい、子供。お前は今日限り、この家を出て行け!
大百姓の赤ひげさんを覚えているだろう? 明日からそこで修行を積め。
じゃあな。」
…
「俺は、オリザを植えるんだ。よしよし。すぐおれについて来るんだ。さあ行こう。
ほんとに、ささげの蔓でもいいから仕事を頼みたい時でな。」
「我が家最強の田植え軍団を紹介する。
一番番頭、初代ミス沼畑、女房のたえ。
二番番頭、早植えチャンピオン、伝次郎。
三番番頭、苗代大将、グレート稲吉。」
「四番番頭、半人前、ブドリーーーー」
「おい、ブドリ、おまえはチビだし、沼畑ではズルズルのベタベタだ。だがな、オマエにはオレたちにない知恵がある。」
「イーハトーブの町へ出て、もっと勉強すると良いよ。
そうだ、おまえの持っていたこの本を書いたクーボー大博士という偉い学者先生を訪ねてごらん。そして、良い仕事をみつけるんだ。」
「イーハトーブ、イーハトーブ」
「この本を書いたクーボー大博士を捜しています。どなたか知りませんか?」
「クーボーなら、私だ。」
「それでは、フウフィーボー成人学校の講義を始める。
ききたい者だけ聞けばよい。聞きたくない者は、聞かなければよい。」
「面白い仕事がある。名刺をあげるから、そこへすぐ行きなさい。」
「やあ、あなたが、グスコーブドリ君ですか。
私はペンネンネネムと云う技師です。さっきクーボー博士から電話があったのでお待ちしておりました。
まあこれから、ここで仕事しながらしっかり勉強してごらんなさい。
ここの仕事は、去年はじまったばかりですが、じつに責任のあるもので、それに半分はいつ噴火するかわからない火山の上で仕事するものなのです。」
「見てごらん、ブドリ君。夏なのに気候が冷たく、冷害が起こると、あの赤い雪が降ります。」
「あの赤い雪のせいで、僕のお父さんもお母さんも、食べるものがなくなって死んでしまいました。」
「私たちは、冷害とあの赤い雪を消し去るのです。人間の力で火山を噴火させれば、噴き出される煙と瓦斯が地表の熱の放散を防ぎ、その地域の気温を平均で五度位は、温かくできるのです。赤い雪を、火山の噴火で消していくのです。」
「なんて素晴らしい。火山の力で、オリザをよみがえらせたぞ。
素晴らしいじゃないか、火山の力は!」
それからの五年は、ブドリにはほんとうに楽しいものでした。
赤鬚の主人の家にも何べんもお礼に行きました。もうよほど年を老っていましたが、
やはり非常な元気で、こんどは毛の長い兎を千疋以上飼ったり、
赤い甘藍ばかり畑に作ったり、相変らずの山師はやっていましたが、
暮しはずうっといいようでした。
ある日、ブドリのところへ、昔テグス飼いの男にブドリと一緒に使われていた人が訪ねて来て、ブドリたちのお父さんのお墓が森のいちばんはずれの大きな榧の木の下にあるということを教えて行きました。
そしてちょうどブドリが二十七の年でした。
どうもあの恐ろしい寒い気候がまた来るような模様でした。
「どうしてですか! まだ赤い雪が消えない。
このままでは、村が・・・。もう誰も死んじゃいけないんだ!!」
「百姓たちがいちばんつらいのは夏の寒さでした。そのために幾万の人が飢え幾万のこどもが孤児になったかわかりません。もっと大きく火山を噴火させれば、冷害は防げるのです、クーボー博士。」
「待ちなさい、ブドリ君。そんな大きな力を、本当に操ることができるのかね?」
「クーボー博士、あの火山の中心に大型冷却装置を持ち込めば、この大規模噴火はとめることができますよね?」
「うーむ。それはできる。けれども、この仕事に行った者のうち、最後の一人はどうしても遁げられないのでね。僕が行こう。」
「先生、私にそれをやらせてください。もともと、このようになったのは私の責任です。」
「その大型冷却装置を使っても、火山の噴火をとめられないかもしれません。
先生が今度お出でになってしまっては、あと何とも工夫がつかなくなると存じます。
ワタシが行きます。私が行って、もしもダメだったら、先生たち、どうかあとをお願いします。」
そしてその次の日、イーハトーブの人たちは、青ぞらが緑いろに濁り、
日や月が銅いろになったのを見ました。
けれどもそれから三、四日たちますと、気候はぐんぐんよくなり、
その秋はほぼ普通の作柄になりました。
そしてちょうど、このお話のはじまりのようになる筈の、
たくさんのブドリのお父さんやお母さんは、たくさんのブドリやネリといっしょに、
その冬を暖かいたべものと、明るい薪で楽しく暮すことができたのでした。
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